長崎の旅(これが本編)

よほど学生生活が楽しかったのか、2年も長崎にいて原爆跡地などを全く訪れていなかった私。

やっとゆっくり回ることができます。私も大人になったものです。

先ずは山王神社の一本足鳥居を見に。

J-Foto フォト ブロッグ 写真わ〜本当に一本足だ。しかも普通に住宅街と言うかすぐ横はアパートだ。

特別に残しているという風ではなく、街にとけ込んでる感じ。

J-Foto フォト ブロッグ 写真すぐ横には崩れた部分がおいてあります。

J-Foto フォト ブロッグ 写真そのまま歩いて行くと境内に大きな楠の木が二本。

原爆で上部を吹き飛ばされ真っ黒焦げになったのにいまではすごい勢いで緑が生い茂っています。

周りでは近くの幼稚園児が遊んでいました。

当時の写真を見ると廃墟になった街に大きな木が二本ぽつん。。。

J-Foto フォト ブロッグ 写真ずっとこの街の人々を見守って来たのだなあと少し涼しい境内でぼんやりしながら平和のありがたさをおもいました。

その後は原爆資料館へ。

1945年8月9日午前11時2分で止まっている時計。

この時計のようにたくさんの人の人生もこの時止まってしまったのです。

破壊された町の様子を再現した所を通り長崎に落とされた原子爆弾の模型や被害の様子などを展示した部屋へ。もう言葉では言い表せません。でも、原爆はただの爆弾と違い、熱風による被害、爆風による被害、放射線による被害と3つの被害があるということが分かりやすく説明されていました。爆発しておしまい。。ではないところが怖いです。

そして、ここでは強制労働でつれてこられた外国人被害者への差別があったことなども正直に書いてあっておどろきました。なかなか治療が受けられなかったり、死体も始末されずにカラスにつつかれたり腐ったりしていったことが書かれていて、死体まで差別してしまうという人間の弱さを訴えていました。

ここで印象的だったのは長崎の人はものすごくクリスチャンが多いというところです。なので原爆に対する怒りだけではなく、戦争に加担してきた自分達にも責任があるといい、大変な惨状のなかで他の人を助けてあげられないことを悲しんだり、身体よりむしろキリスト信者としての心が傷ついている印象があったことです。キリスト教の弾圧があった間、牧師様なしで農民達の隠れキリシタンだけでキリスト教を守って来れたのは長崎だけと言うからやっぱり本当にキリスト教が身に付いている人々だったのでしょう。

最後に『核兵器の無い世界をめざして』というコーナーになるのですが、各国の核実験の回数を示すビデオが圧巻で、それぞれの国が競うように実験の回数を重ねて行くのがものすごくリアルに伝わって来て背筋が寒くなります。これが終わるのはきっと思いっきり核戦争をやってしまってからではないか?とちょと弱気になってしまいました。

原爆資料館をでて、次は原爆中心地へ。そうです、まさにこの上空500mで爆発したというところです。広場にぽつりと佇む石碑ですが、近くを流れる川には、ここに人がたくさん浮いていたと説明してあったり、当時の生活用品がそのまま土に埋まって地層みたいになっているところがあったり、河川の石は当時の物を積み直した物だとかいろいろ勉強になりました。

J-Foto フォト ブロッグ 写真さて、こんな悲惨な歴史を振り返ってもお腹はすくもので平和公園に行く前に長崎皿うどんを。このぱりぱり細めんにあんが絡むのがたまりません。入ったのはかなりローカルな小さな中華屋さんでした。長崎にはこんなお店がたくさんあっておもしろい。

J-Foto フォト ブロッグ 写真お腹がふくれて平和公園へ、こんなに広かったっけ〜。各国から寄せられた像がたくさんあって見応えあります。噴水は水を欲しがりながら亡くなった人たちの為だそう。そして平和祈念像。右手は原爆を、左手は平和を、表情は追悼の意を表しているそうです。私はこの顔がとっても好きなんです。へんな顔と言う意見もよく聞くけれど個性的であんまり難しい顔でもなくこびる様な顔でもない、どこか遠くを見ている様な表情がいいと思います。

J-Foto フォト ブロッグ 写真ひとりでお決まりのポーズも。左手が少し下がり気味。。。

すごく熱くてふらふらだけどがんばって浦上天主堂まで歩く。あ〜閉まってる〜。中に入れないんだ〜。でも、おそるおそる中をのぞいてみると。。。入り口の窓ガラスに写る青空の中に奥のキリスト様のステンドグラスが浮かび上がってみえる。なんとも幻想的な不思議な気持ちです。

J-Foto フォト ブロッグ 写真原爆で崩れた塔も残っています。もうちょっとで見逃すとこでした。

さて、そろそろ街に戻ろうかな?と思ったら『如己堂』はこちらという矢印が。『如己堂』ってなんだっけ?勉強不足な私ですがこれも縁だと思い寄ってみると、そうかあ、『永井隆博士』の記念館でした。

J-Foto フォト ブロッグ 写真永井隆博士は原爆のあと自分も被爆しているにもかかわらずいち早く人々の治療をした方です。病で動けなくなったあとはこの『如己堂』と言う小さな2畳分ほどの家で原爆の悲惨さと平和を願う著書をたくさん残しています。この『汝の近きものを己の如く愛すべし』という言葉から来ている如己堂という響きがとても心にのこりました。

J-Foto フォト ブロッグ 写真さあ、あとは街に戻って一休み。ご飯までまだ時間があるし。。。ということで旅の疲れを癒しにマッサージに。『リラクエン石の宿』おすすめです。ここのボディーケアマッサージ、強すぎないのにつぼに入りまくる感じで最高でした。そしてマッサージ師の女性に『う〜ん、上等な身体をしてますね〜。』と珍しいほめ方をされました。

J-Foto フォト ブロッグ 写真J-Foto フォト ブロッグ 写真つかれも取れたので街をプラプラして少し早めの晩ご飯に昨晩『すわらんば〜』という居酒屋で教えてもらった姉妹店の名前わすれた〜、へ。お店の姉さんとわいわいおしゃべりしながらバス時間ギリギリまでおいしいご飯とおいしい焼酎をたっぷりいただきました。ごちそうさまでした。

17年の間にずいぶん変わってしまった長崎の街ですが、なんとこの長距離バスセンターは変わってない。昔ここで大阪に帰る彼氏を泣きながら見送ったわ〜。。。なんでこんなとこだけ変わってないんだろうね。

あ〜長崎。なんて素敵な街なんでしょう。まだいきたい所がたくさんあります。また近いうちにいきそうな予感です。